心待ちにするもの - 春 -

What is to catch my heart  - spring -

桜、さくら、サクラ、SAKURA。

今や日本人のみならず、海外の人も魅了しています。

やわらかな春の日差しの中でゆれる可憐さと、夜の闇の中で放つなまめかしさ。

咲き誇るときの隆盛さと、散りゆくときの潔さ。

明と暗。静と動。生と死。

相反する魅力が奥行きとなって見る人の情緒、感性、美意識に響き、それゆえ人は桜に惹かれるのでしょう。

桜は芸術家の心を刺激するモチーフでもあり、古くから絵画、工芸、文学、音楽、芸能、食など様々な文化芸術が生み出されてきました。

そういった作品の中から琴線に触れるものに出会い、そこから想像を拡げ、自分だけの楽しみを見つけることも芸術鑑賞の楽しみ方の一つかもしれません。

桜というと、私はこの和歌を思い出します。

願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ

 

これは平安末期の歌人・西行法師が「願うことなら、桜の咲く春に桜の木の下で死にたいものだ。桜が満開の満月の頃に…」と詠んだ歌です。お釈迦様が入滅した同じころに自分も死にたいという僧侶としての願いを表したものとされていますが、私はこんな情景が浮かびました。

 

あまり人も踏み入れない山の奥。

満開の桜の木の根を枕に男が横たわっている。

いつからそうしているのか。

男は夢ともうつつとも知れず、ただぼんやりと舞い散る桜を見ている。

少しずつ遠のいていく意識。

ゆっくりと目を閉じる。

月光に照らされた男の上に花びらが静かに降り積もり、いつしか男の姿は見えなくなる。

 

人知れずこの世を去り、そして土にかえる。

人生の喜びも悔いも憂いももう無い。

美しいものを見つめながら穏やかにその時を待つ。

そんな男の心情、人生観を勝手に想像し、私のそんな最期がいいと憧れたものです。

 

今年の桜に何を想うのか、今から楽しみです。